文化資源戦略会議

ナショナルアーカイブの設立とデジタルアーカイブ振興法の制定をめざして

アーカイブ立国宣言 (文化資源戦略会議)


アーカイブ立国宣言
文化資源戦略会議


原案作成
生貝直人(東京大学、東京藝術大学、科学技術振興機構)
柳与志夫(国立国会図書館)
佐々木秀彦(東京都美術館)
福井健策(弁護士、ニューヨーク州弁護士、骨董通り法律事務所)
中川隆太郎(弁護士、骨董通り法律事務所)


  •  この「アーカイブ立国宣言」は2015年1月に行われる「アーカイブサミット2015」の基調となるものです。参加される方は、事前に読んでおくことをおすすめします。
  • この宣言をふくむ単行本が発行されています。
  • pdf版はこちらからダウンロードください。

❖ 文化資源の蓄積と活用
 我が国は明治維新以来、欧米を手本にモノづくりによる豊かさを追求してきた。しかし21世紀に入り、消費財は行き渡り、製造業の拠点は海外に移りつつある中、我が国の経済は、モノづくりからコトづくりへの転換を遂げつつある。モノに付加価値をつけ、魅力あるソフトを制作し、高度なサービスを提供する基盤としての創造性は、我が国が古来より蓄積してきた文化資源への参照と活用によってこそ生み出される。独自性を持ち、世界に通じるコンテンツを生み出し続けていくためには、これまで蓄えた知を活かし、新たな創造の源とする、「知の循環」を社会に根付かせることが必要である。

図書、記録文書、映像、写真、美術品などのさまざまな文化資源を共有し、活用することは、社会を成り立たせるための礎となる。東日本大震災は、図らずもそのことを明らかにしたと言うことができよう。津波に対する備えを古来の伝承からどう学んでいたのか。原子力発電の安全性や放射能の影響について何が明らかにされ、何を知らされていなかったのか。残された記録や日々生み出される情報を分かち合い、吟味して活かすことは、郷土を守り、国を維持し、社会をより良くしていくための根本的な営為である。
文化資源の発信は、国際社会に対する貢献にも資することが期待される。江戸時代の浮世絵をはじめ、映画やマンガ、アニメ、ゲーム、食文化、ファッションなど、我が国が生み出したコンテンツは世界を魅了してきた。こうした芸術文化を通じて諸外国から好意的に見られることは、ソフトパワーの時代と言われる現代において、世界の中で一定の地位を保つことにつながる。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを機に、世界の視線が再び日本に注がれるとき、我が国の文化資源の蓄積と活用の成否が問われることになる。

❖ デジタルアーカイブの拡大に向けて
 多様な文化資源をデジタル化し、世界に発信するデジタルアーカイブの整備は、文化資源の蓄積と活用における中心的な課題である。諸外国を見れば、すでに3,000万件を超えるデジタルデータを有するEUのヨーロピアナ(Europeana)に象徴されるように、各国がしのぎを削る急速な構築が進められている。他方我が国では、各地、各機関で先駆的な取組は見られるものの、デジタルアーカイブを巡る環境は、欧米諸国と比べて多方面で対応が遅れていると言わざるを得ない。アーカイブの現場では、依然として必要な人材や財源の不足といった問題、そして著作権をはじめとする解決困難な多くの法的課題にも直面していることに加え、各種文化資源の散逸・劣化も進んでおり、もはや包括的かつ抜本的な対応の実行は急務となっている。

我が国の魅力ある文化資源を収集・保存し、魅力的な形で全世界に向けて発信することは、我が国の文化芸術のプレゼンスを向上させるとともに、「知のインフラ」として、各種ビジネス・教育・研究・福祉・観光・まちづくり等に決定的に貢献するものである。かつ、これらの知識インフラは、比較的少ない予算で世界最先端の水準の整備が可能であり、将来の維持管理費用も従来型インフラに比べれば低水準で賄える点で、財政難かつ少資源の日本の浮沈の鍵を握るものと言っても過言ではない。
このような停滞した状況を打ち破り、文化資源を礎にした成熟社会を形成していくためには、知識インフラの基盤となるデジタルアーカイブの振興を国家戦略として位置付け、そして文化資源に関わる当事者の力を結集するための制度整備を行なうことが不可欠である。私たち文化資源戦略会議は、「アーカイブ立国宣言」として、以下の4点を柱とした、デジタルアーカイブ振興政策の確立を提言する。

提言1:国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立
国内における多数のアーカイブをつなぐデジタルハブの役割を果たす、日本のデジタルアーカイブ全体のセンターかつ窓口として、「(仮称)国立デジタルアーカイブ・センター」を設立する。

提言2:デジタルアーカイブを支える人材の育成
文化芸術分野の知見、作品の収集・保存・修復・公開の技能、そして必要な法律知識を適切に備えたアーキビストの育成を中心に、デジタルアーカイブを支える人的基盤を整備する。

提言3:文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化
公的な文化施設によって整備される文化資源デジタルアーカイブを、誰もが自由に利活用可能なオープンデータとして公開する。

提言4:抜本的な孤児作品対策
著作権・所有権・肖像権などの権利者不明作品(いわゆる「孤児作品」)につき、権利者の適切な保護とのバランスを図りつつ、その適法かつ迅速な利用を可能とする抜本的立法措置を実施する。

以下、各提言について解説していく。

提言1:国立デジタルアーカイブ・センター(NDAC)の設立
国内における多数のアーカイブをつなぐデジタルハブの役割を果たす、日本のデジタルアーカイブ全体のセンターかつ窓口として、「(仮称)国立デジタルアーカイブ・センター」を設立する。
ヨーロピアナや米国デジタル公共図書館(Digital Public Library of America)に象徴されるように、デジタルアーカイブの発展及び国民全体による利用の促進という観点からは、多数のデジタルアーカイブが分野ごと・地域ごと・機関ごとに並存しているだけでなく、それらの個々のアーカイブをつなげるハブ機能の存在がきわめて重要となる。このようなハブが存在することにより、ポータルサイトとして一元的な管理・検索が可能となり、利用者の利便性が格段に向上するほか、ヴァーチャルな形であれ、個々のアーカイブの所蔵する数百万点もの作品が一カ所に集められることにより、国内はもちろん、海外に向けても、日本の文化資源のデジタルアーカイブとしての存在感が一段と大きくなるからである。
このようなナショナルセンターとしての役割を果たし、日本が世界に誇る文化資源のデジタル化を国家的に推進する機関として、「国立デジタルアーカイブ・センター(以下、NDAC=National Digital Archive Centerと略)」の設立が必要である。このNDACは、国内の諸デジタルアーカイブを支え、統合的利用を可能にするという機能を果たすことが第一義的な目的であるが、それを実効性あるものにするためには、施設・設備面での裏付けも必要である。また、中心となる施設はひとつに集約する必要はなく、むしろ機能分担・地域分担による複数施設の設置が考慮されてよいだろう。
NDACは既存のデジタルアーカイブを対象とするだけでなく、各文化施設所蔵品や地域で掘り起こされた各種文化資源のデジタル化・公開を支援するとともに、文化資源を扱う新たな専門家の研修・育成などの役割を担うことも期待される。このようにデジタル情報が集積・統合されるセンターが設立されることによって、日本のデジタル文化資源(コンテンツ)の権利情報データベースが付加的に備えられることになり、デジタルアーカイブの発信する文化資源の国内外における利用がさらに促進されることが望ましい。

NDACが有すべき10大機能
1. 各文化施設・関連機関・地域の文化資源のデジタル化・公開支援機能
2. それを支える現物保管機能
3. デジタル文化資源(コンテンツ)のデータ形式の標準化機能
4. 新しいアーカイブ専門家の研修・育成機能と研究開発機能
5. 国内の各デジタルアーカイブのデジタルハブ機能/ポータルサイト機能
6. デジタル文化資源権利情報データベース機能
7. 国民等への啓発・普及機能
8.デジタル文化資源を活用したビジネスモデル開発・起業支援機能
9. 国内・海外関係者との交流機能(字幕付与・多言語発信の支援機能を含む)
10. 以上の機能を支える企画・運営機能

提言2:デジタルアーカイブを支える人材の育成
文化芸術分野の知見、作品の収集・保存・修復・公開の技能、そして必要な法律知識を適切に備えたアーキビストの育成を中心に、デジタルアーカイブを支える人的基盤を整備する。
文化資源をアーカイブ化し、活用するためには、それを担う人材を欠かすことができない。博物館、図書館、文書館など既存の文化資源機関では、学芸員や司書、アーキビストがその役割を担っているが、デジタル化を進めるための知識や技能は充分とは言い難い。「アーカイブ立国」実現のためには、新たな担い手、専門人材の育成に取組まなければならない。そのためには、高度文化資源専門職の養成制度を創設する必要がある。

(1)高度文化資源専門職「(仮称)文化資源コーディネーター」の創設
既存のアーキビスト、学芸員、司書等の専門職が培ってきた専門能力を深化拡大させ、デジタルアーカイブの構築において中心的な役割を果たす、新たな高度専門職を創設するべきである。新たな高度文化資源専門職に求められる専門性は、大別すると次の3つである。
第一に、専門分野に関する知見(文化、芸術、学術)である。博物館や文書館、図書館などが取り扱う文化資源について、学問的な裏付けを持って発信するためには、その専門分野(例えば、美術館であれば美術史、文書館であれば歴史学等)に対する深い知見が不可欠である。従来の学芸員・司書の養成制度は、取り扱う資料の内容や背景に関わる専門性を確立することに充分な役割を果たしてこなかった。高度文化資源専門職には、取り扱う文化資源の専門分野について大学院修士レベルの知見が求められる。
第二に、文化資源を取り扱うための知識・技能である。文化資源を取り扱い、広く共有し、創造性に貢献するために必要な知識・技能としては、①文化資源を物理的かつ電子的に継承するための「保存・修復(プリザーヴィング)」、②文化資源に価値を見出し、情報として記述するための「収集・組織化(アーカイビング)」、③文化資源の価値を顕在化させ、共有するための「企画・発信(キュレーション)」、④文化資源と人びとをつなぎ、新たな価値を創出するための「交流・創発(コーディネーション)」、⑤文化資源を扱う活動の使命を明らかにし、その達成に向け経営資源を配分し、事業を統括するための「統括・経営(マネジメント)」を挙げることができる。
第三に、デジタル技術を活用したアーカイブ化のための知見である。まず、情報メディア(IT技術)に関する知見として、文化資源を取り扱うさまざまな場面でITを活用し、文化資源をデジタル化し情報メディアに載せていく技能を有する必要がある。さらに文化資源を適切に扱い、共有するには、著作権をはじめとする知的財産権、肖像権、契約など各種法律分野に関する知識が不可欠となる。情報技術の発達により、文化資源のデジタル化とその発信が容易になる一方、知的財産権に関わる法制度や慣行も変化を続ける中、実務的な法的知識と、将来の動向を見据えた知見が求められる。

(2)専門性の担保と資格・学位の創設
高度文化資源専門職には、新たな資格の創設や学位の授与を行ない、求められる専門能力を公的に担保するべきである。デジタルアーカイブの振興を成熟社会の国家戦略の一環と位置付け、新たな国家資格(「(仮称)文化資源コーディネーター」)を創設し、その専門能力を担保する、あるいは国家資格の創設が困難な場合、次善の策として専門職大学院で「文化資源学(専門職)」の学位を授与可能とすることを検討するべきである。
前述したNDACは、高度文化資源専門職の育成において、諸機関の拠点としての役割を果たす。既存の大学、博物館・美術館・文書館などの文化資源機関、研究教育機関や企業等によるMALUI(Museum、Archives、Library、University、Industry)連携の枠組みの中で養成課程を編成し、専門職養成の支援や国家資格の付与を行なう。
養成する人材は、特定の分野についてすでに大学院修士レベルの専門性を有する、あるいは学部において司書や学芸員の資格を取得していることを前提とする。学部・大学院から直接専門職大学院へ進学することも想定されるが、主な対象となるのはすでに文化資源機関で専門職として働く人々である。既存の文化資源専門職がより広い視野を獲得し、技能を向上させていくための制度と位置付ける。
カリキュラムを編成する際には、理論と最先端の事例を往還することを意識する。情報技術の進展はめざましく、知識は日々更新されており、国際的な視野で最新の動向を見据える必要がある。最先端の事例教育は、連携機関の専門職員が職務の一端として担う。さらにデジタル技術や情報環境の変化に対応するため、修了・資格取得後も常に新たな知識を学び続ける機会を設けることが望ましい。
人材養成は、研究開発や文化資源を基盤とした一般向けの学びのプログラムの実践と連動して進めていく。NDACは、MALUI関係者のラボであると同時に、一般の人びとを巻き込むラーニング・コモンズとして、特定の専門家だけではなく、文化資源に関心ある人びとが広く関わることを前提とする。そのために人材養成機関は、静的な高等教育機関ではなく、専門職の養成と一般向けのリテラシー開発を同時に行なうような運動体としてとらえるべきである。

提言3:文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化
公的な文化施設によって整備される文化資源デジタルアーカイブを、誰もが自由に利活用可能なオープンデータとして公開する。

近年世界各国において、公的機関の保有する多様な公共データを積極的に公開し利活用を進めることで、公的活動の透明性向上やイノベーションの促進を図ろうとするオープンデータ政策が進展している。我が国においても公共データのオープンデータ化と利活用の促進は、2013年に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言」における重点項目として位置づけられ、各省庁が保有する地理空間情報、防災・減災情報、調達情報、統計情報等の多様な公共データを再利用可能な形で公開する取組が急速に進められている。
しかし各種の公的文化施設の保有する文化資源の公開と利活用促進が、オープンデータ政策でも重要な位置づけを占めることは、我が国では広く認識されるには至っていない。この点EUでは2013年、加盟国の公的機関のオープンデータ義務を定めた2003年の「公共セクター情報の再利用指令」の大規模な改正を採択し、従来中央政府や地方自治体等を対象としていた情報資源のオープンデータ義務を、美術館・博物館・図書館・アーカイブ施設にまで拡大することを決定した。これにより加盟国の公的な文化施設は、第三者が知的財産を保有しているなどの特別の理由がない限り、デジタル化された作品のデータやメタデータを、無料かきわめて低廉な料金で、再利用可能な条件で公開していくことが義務づけられる。さらに米国においても、オバマ政権が強力に押し進めるオープンデータ戦略の一環として、スミソニアン機構の各文化施設が保有・公開するデジタルデータを2014年中にオープンデータ化する計画が示されるなど、文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化は、各国において重要な政策課題となりつつある。
ヨーロピアナや米国デジタル公共図書館に集積されるこれらの文化資源アーカイブは、一元的に検索・閲覧可能であることに加え、その多くがクリエイティブ・コモンズをはじめとした自由利用ライセンスの適用や、パブリック・ドメインであることを明示する共通マークの採用等により、オープンデータとして誰もが自由に利活用可能とされている。蓄積された文化資源は、公開され、そしてそれに基づく営利・非営利の諸活動の原資になることにより、はじめてその真価を発揮できる。
現状の我が国の公的文化施設のデジタルアーカイブでは、所蔵作品のデジタルデータの公開を行なうにあたり、著作権が消滅している場合ですら何らかの利用制限がかけられている、あるいは権利状態や再利用条件が明確に記述されていないなどの理由により、その利活用が困難となっている場合が多い。文化資源の保存・公開のみならず幅広い利活用を進めていくためには、クリエイティブ・コモンズのような国際的に標準化された自由利用ライセンスの活用を含め、内外での再利用を促す形での利用条件の明確化を行なうことが望ましい。
さらに各種文化施設の中でも、特に近年、大学等教育研究機関における情報のオープン化に向けた動きは目覚ましく、教育・研究両面における取組が拡大している。教育分野においては、大学の講義映像・資料を無償で公開するオープンコースウェアや、MOOCs(Massive Open Online Courses)と呼ばれる大規模なオンライン講義の公開など、大学の高等教育を社会に開かれたものとしていくための取組が世界各国において進められている。研究分野においては、学術論文や研究データの公開と再利用拡大を目指すオープンアクセス化の動きの中で、米国では公的な支援を受けた研究成果に対してオープンアクセス化を義務づける法律が制定されるなど、公的支援を受けた知的成果の公開と利活用を進めるための施策が進められている。これら教育・研究分野における公開情報を、多様な文化資源アーカイブと有機的に連動させるためには、カリキュラム構築やインフラ整備と同時に、デジタルアーカイブに収蔵されたデータ自体が自由利用可能であることが不可欠の要素となる。
具体的には、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部が2012年7月に公表した「電子行政オープンデータ戦略」に示される「公共データは国民の財産である」という認識の下、「①政府自ら積極的に公共データを公開すること、②機械判読可能で二次利用が容易な形式で公開すること、③営利目的、非営利目的を問わず活用を促進すること、④取組可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取組に着手し、成果を確実に蓄積していくこと」という4原則を公的な文化施設にも適用し、MALUI連携の中において、デジタルアーカイブが自由に利用され、新たな知的成果を生み出していくことを促すための措置を実施するべきである。

提言4:抜本的な孤児作品対策
著作権・所有権・肖像権などの権利者不明作品(いわゆる「孤児作品」)につき、権利者の適切な保護とのバランスを図りつつ、その適法かつ迅速な利用を可能とする抜本的な立法措置を実施する。

文化芸術デジタルアーカイブ拡大に向けた多くの課題の中でも特に制度改革が急務であるのが、権利者不明のために適切な利用許諾を得ることができず、各文化施設に死蔵される「孤児作品(Orphan Works)」問題の解決である。こうした孤児作品問題は大別して、①所有者が不明なフィルム・文化財などの所有権の孤児作品問題、②著作権者が不明な作品における著作権の孤児作品問題、③写真や映像で被写体の身元がわからない肖像権の孤児作品問題に分けられ、いずれもきわめて困難な対応を要する。国内外の各種調査から、探しても著作権者が見つからない②の孤児著作物だけで、過去の全作品の約50%にも達すると推計されている。すなわち、この点だけをとっても過去の文化資源の約半数は、権利者の許可が得られないが故にデジタル化も公開もできない。逆に言えば、孤児作品の利用ルールを大胆に整備すれば、この数千万点以上にのぼる「宝の山」に生命を与え、デジタルアーカイブでの所蔵・公開数を飛躍的に増大させることが可能になる。
孤児作品の問題は、デジタルアーカイブ業務を行なう文化施設や民間企業自身の努力のみによっては解決することができず、立法措置を含めた対応が不可欠となる。知的財産の適切な保護を図りつつ、我が国が世界最高水準のデジタルアーカイブを実現するための前提条件として、以下の3点の立法措置が必要であると考える。

法改正提案(1):公的文化施設による孤児著作物の利用
公的な文化施設(図書館・美術館・博物館・放送局・アーカイブ施設等)については、非営利の目的に限り、事前の供託金等の支払を要さず、権利者不明の孤児著作物のデジタル化とインターネット公開を可能とする。

各国の文化資源デジタルアーカイブの構築においても、膨大な孤児著作物の存在は最大の障壁となっており、例えば英国図書館の著作権保護期間中の可能性のある書籍の43%、英国のミュージアムの所蔵写真の90%、米国学術資料の約50%、国立国会図書館の明治期刊行図書の約50%(著作者ベースの場合約71%)が、それぞれ権利者不明の孤児著作物であると推計されている。
孤児著作物問題への対応としては、我が国の著作権法においても、権利者探索の努力を行なった上で文化庁長官による利用開始の裁定を受けることができる、いわゆる裁定制度が存在する。しかし、現状の裁定制度は、その利用開始に伴う業務の煩雑さ(特に、権利者探索の「相当な努力」の過度な負担)や補償金の事前支払義務等を背景として、2008年まで年間0〜5件程度の利用に留まっており、法改正による一定の迅速化がなされた2009年以降も年間15〜30件程度で特定分野に大きく偏るなど、大幅な改善には至っていない。
一方、デジタルアーカイブの拡大を急速に進めるEUにおいても、孤児著作物の問題は強く認識されており、2012年10月、新たな「孤児著作物指令」が採択され、その利活用の円滑化と適切な権利者保護の取組が進められている。同指令では、一定の要件を満たした文化施設については、所蔵作品について所定の権利者探索を行なうことにより、事前の補償金等を支払う必要なく孤児著作物のデジタル化・インターネット公開が可能と定められた。一度孤児著作物として認められた著作物は、共通のデータベースに登録され、他の文化施設も同様の利用を行なうことができる。
同指令の下でも、事後的に著作権者が名乗り出た場合には利用を中止し、適切な額の補償金を支払うことが求められるが、通常孤児著作物の著作権者が後に発見される可能性はきわめて低く(我が国の裁定制度における過去の実績によれば0.1%未満)、数千万点の作品のデジタルアーカイブ公開を前提とした場合には、我が国の裁定制度のような事前の補償金を必要とする制度と比して、文化施設の負担額は格段に低廉なものとなる。権利者不明である以上、作品は市場ではほぼ流通しておらず、商業セクターのビジネスを阻害する可能性は低い。むしろ、「知のインフラ」整備は新たな需要とビジネスチャンスを掘り起し、商業的活動の発展にも資することが期待できる。
我が国においても、今後のデジタルアーカイブの拡大にあたり、EUの孤児著作物指令を参考とした法改正を検討する利点は大きいと考えられる。具体的には、一定の要件を満たした公的文化施設を、申請に基づき「特定文化施設」と認定し、研修を受けた専門家の配置などを条件に、現行の裁定制度よりも明確・簡素化した条件での権利者調査と一定の権利情報データベースへの登録を条件に、孤児著作物を利用可能とすることが考えられる。

法改正提案(2):裁定業務の著作権等管理事業者への委託
我が国の権利者不明作品の裁定制度における文化庁長官の裁定業務を、民間の著作権管理団体に委託することにより、裁定手続の迅速化と利用拡大を図る。

法改正提案(1)における孤児著作物対策は、限られた文化施設の非営利目的利用に関してのみその利用要件を緩和するものであり、民間企業等の孤児著作物利用促進のためには別途の法的措置を検討することが必要となる。この点につき、前述したEU孤児著作物指令の国内法化作業と並行して、英国では2013年3月、民間企業による孤児著作物利用も可能とすべく、英国著作権法を改正した。同改正では、(1)我が国と同等の担当大臣による孤児著作物利用裁定制度を新たに設けると同時に、(2)担当大臣は、その裁定業務を民間の著作権等管理事業者に対して委託可能であると定められる。このような裁定制度の民営化とも言うべき措置は、「拡張集中権利管理(Extended Collective License)制度」と呼ばれ、すでに北欧諸国では数十年以上の運用実績を有し、英国以外のEU諸国や米国等においても検討が進められているところである。
今後、我が国においてもデジタルアーカイブを急速に拡大させるに際し、膨大な孤児著作物の裁定行為を政府機関のみで行なおうとすることには大きな困難が予想される。また、ある著作物が孤児著作物か否かの認定に必要な知識という面でも、当該分野での豊富な権利処理の経験と著作物に関するデータベースを有する著作権等管理事業者は、重要な役割を果たしうるものと思われる。孤児著作物利用の円滑化・迅速化と、民間事業者の知識・人材の活用を進めるため、我が国においても著作権等管理事業者制度を積極的に活用した施策を検討するべきである。

法改正提案(3):著作権以外の権利者不明作品の利用に関わる責任の制限
肖像権等、著作権以外の権利者が不明である作品の利用を円滑化するため、アーカイブ業務を行なう文化施設に対する民事責任の制限を行なう。

文化施設のデジタルアーカイブにおいては、所有権や肖像権等、著作権以外の権利者が不明であるとの問題も生じうる。例えば国立国会図書館東日本大震災アーカイブ等においても、収集された写真や映像等の被写体と連絡を取ることが不可能なため、肖像権についての許諾を取ることができず、法的リスクの観点から公開をすることができないものが多く存在する。また、記録映画フィルム等の分野では、特に劣化・損傷の著しい文化資源について、一刻も早く文化施設による適切なデジタル保存や修繕を行なう必要があるにもかかわらず、所有者不明作品の存在が大きな障害となっている。
これらの公開や寄贈等が、常に肖像権や所有権の侵害になるわけではないと考えられるが、権利の確実な保護を図りつつ、公益性の高いデジタルアーカイブの円滑な公開を進めていくために、一定の適切な手続きを経て公開された場合には、公開元である文化施設の損害賠償責任を制限(免責)する立法を行なうことにより、権利者の保護とのバランスを取りながら、あわせて萎縮効果を取り除き、孤児作品の利用を促進する法制度を構築する必要があると考える。


❖ Archive Japan Manifesto

● The Accumulation and Utilization of Cultural Resources
Since the Meiji Restoration, Japan, by modeling itself after the West, has pursued prosperity by means of manufacturing. However, entering the 21st century, commodities have diffused, the manufacturing base is in the process of moving overseas, Japan’s economy is in the process of transforming from manufacturing to “value creation.” Due to utilizing and referencing the cultural resources Japan has accumulated from time immemorial new things can be born, bringing value added to manufacturing, developing desirable software, and offering an infrastructure of high-level service for creativity. It is necessary for a “society of wisdom circulation” to take root, bringing to life hitherto laid in store knowledge, preserving our originality, and continuing to create contents that flow to the world.

Sharing and utilizing cultural resources such as books, records, legends, and artworks is the cornerstone supporting this society. Unexpectedly, the Great Tohoku Earthquake in 2011 has revealed this. Did we really learn the lessons of the legends about preparations against tsunami that have been handed down? What has become clear about the safety of nuclear reactors and the effects of radioactivity, and what did we not know? Our fundamental task is making the best use, scrutinizing, and sharing the records left to us and the information that emerged day after day, to protect our hometowns, preserve our country, and to make our society better than before.

We expect that transmitting cultural resources will contribute to international society. From Ukiyo-e in the Tokugawa Period, to movies and manga, anime, and games, to culinary culture and fashion, the contents that emerge from Japan appeal to the world. Having received accolades from foreign countries for this kind of artistic culture, in this age referred to as the age of Soft Power, Japan maintains this established status within the world. On the occasion of the 2020 Tokyo Olympics and Paralympics, when the eyes of the world will again be turned to Japan, so our success or failure to utilize the accumulation of our countries cultural resources will be tested.

● Towards Expanding Digital Archive (Digital Cultural Heritage)
The central challenge of in the accumulation and utilization of cultural resources is digitalizing many cultural resources and establishing digital archives to transmit them to the world. Looking to foreign countries, the EU’s Europeana digital archive has become symbolic since it has surpassed 30,000,000, providing a stimulus that has spurred rapid development elsewhere. On the other hand in Japan, while every area, every institution can be seen as pioneeringly grappling with this; however, in light of the digital archive environment, compared with Western countries we cannot help but concluding that we are lagging on multiple levels. As of yet in the actual archives confront many challenges: the required human resources and financial resources are lacking, compounded by the trouble of resolving the copyright problem which is confronting many legal challenges, and the situation where every type of cultural resources is being dispersed and are deteriorating. Therefore, it is urgent to comprehensively and drastically realize a means to cope with these challenges.

As a knowledge infrastructure, every kind of business, education, research, social welfare, tourism, and machizukuri decisively contribute to collecting and preserving Japan’s charming cultural resources and distributing them to the world in a charming form, along with raising the profile of our countries art presence. This kind of knowledge infrastructure is, even with a comparatively small budget, can reach a cutting edge level on the world stage, and compared to future operating costs and futuristic infrastructure, it is no exaggeration to say that this holds the key to Japan’s financial difficulties, and doldrums of dwindling capital.

To overcome this current state of affairs of economic stagnation, going forward cultural resources are the keystone to molding the shape of a mature society, and digital archives are a base for knowledge infrastructure that should be mapped out as a national strategy. For parties concerned with cultural resources, we propose, as an “Archive Nation Manifesto,” we propose the following four recommendations which are set out as supporting pillars for the establishment policies supporting of digital archives.

Recommendation 1: Establish a National Digital Archive Center (NDAC)
Establish the “National Digital Archive Center” to be tasked the role of connecting the many existing archives in a digital hub and to act as a center and information window to all of Japan’s digital archives.

Recommendation 2: Provide for the education of human resources who can support digital archives
Establish a base of human resources to support digital archives, including culture and art, the undertaking of collecting storing restoring and making public, and emphasizing the fostering of archivists equipped with the appropriate legal knowledge.

Recommendation 3: Make Cultural Resources Digital Archive Open Data
In accordance with the standards of a global open data initiatives, establish publically open data cultural digital resources that anyone can freely use.

Recommendation 4: Drastic Orphan Works Provisions
Regarding copyright, ownership rights, and rights regarding the usage of a person’s own image, in cases where the rightful beneficiary is unknown (so called Orphan Works), while mapping out a balance that takes appropriate care of rightful beneficiaries, drastic legislative steps should be taken to enable the swift and legal use of orphan works.

公開日:
最終更新日:2016/03/28