文化資源戦略会議

ナショナルアーカイブの設立とデジタルアーカイブ振興法の制定をめざして

アーカイブサミットの基本的な考え方

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21世紀に入り、日本はグローバル化する世界の中で「坂道を転げ落ちるように」、その存在感を喪失してきた。「ジャパン・パッシング」と呼ばれるこの趨勢に加え、中国の強大化、経済の空洞化、少子高齢化、格差拡大、そして東日本大震災と福島原発事故により、ますます日本人の不安は増殖し続けている。2020年のオリンピック開催で一時的にこの傾向に歯止めをかけられても、抜本的な対策が立てられないなら趨勢は変わらない。

わが国がこれほどの苦境に陥った最大の理由の一つは、1980年代から始まっていたデジタル革命の決定的な意味を読み誤った点にある。「技術力」と「経済力」に自信満々だった日本は、デジタル技術の可能性を、もっぱら技術革新や市場戦略の面からしか理解しなかった。それが人類の知識にもたらす革命的な変化に気づかなかったのである。さらに私たちは、そうした知識の革命が、世界経済をも呑み込むほどの大変化であることを理解していなかった。ソニーは結局、アップルにもグーグルにもなれなかったのである。

19世紀後半、西洋列強がアジアを植民地化していく中で、幕末の志士たちは日本の独立を守り、近代化を推進することに成功した。20世紀後半、戦争に敗れたこの国の技術者たちは、精巧な技術力に基づくモノづくりで世界トップレベルの経済大国を築き上げた。しかし21世紀初頭、歴史はすでに異なる地平で営まれている。この新しい地平の一つのキーワードはもちろん「デジタル」だが、もう一つは確実に「アーカイブ」である。

「アーカイブ」が、21世紀の日本再生の鍵となる理由の第一は、この列島には世界でも稀にみる豊かで多様な文化資産が蓄積されてきたことによる。古代から近世まで、日本には有形・無形の多様な文化財が継続的に蓄積されてきた。そして近代、文学や音楽、美術から映画、テレビ、広告まで高水準の文化資産が一世紀以上にわたり創造されてきた。この豊かな文化資産を横断的に集積し、地球規模で活用していくには、デジタルの力による以外にない。アーカイブ立国は、デジタル文化立国の支柱である。実際、国の「文化芸術立国」プランでは、「強固な文化力の基盤形成」が高々と謳われるが、日本各地の文化力を顕在化させ、俯瞰・横断するには、デジタルによる知識基盤整備が必須である。

「アーカイブ」が日本再生の鍵となるもう一つの理由は、「知識」こそが、21世紀社会の生産力の根幹をなしていくからである。21世紀、「知識」はそれまでとは比較にならないほどの重要性を帯びていく。半世紀前の「知識革命」から「コンテンツ産業」を経て、近年の「グーグル革命」も「ビッグデータ」も、さらに大きな変化の一面でしかない。「グーグル革命」のようなジャンル横断化、「ビッグデータ」のような量の巨大化の次に、長い時間をかけて蓄積されてきた知識のデジタルアーカイブ化の時代が来る。わが国には、少なくとも技術力では、この巨大な知の基盤的変化をリードできる潜在力がある。

問題は、技術力以外の分野での日本の著しい立ち遅れである。これまで技術力、経済力に頼って発展してきた国の驕りが、この立ち遅れの深刻さから目を背けさせてきた。

立ち遅れの第一は、わが国に全体としてどれほどの潜在的なデジタル文化資産が存在しているのかが把握されていないことである。デジタルアーカイブは、これまで博物館や美術館、図書館などで所蔵されていた資料の範囲をはるかに超えた記録の蓄積と活用を可能にする。音楽資料や映画資料、放送番組、脚本、アニメ、マンガ、ゲームなどから地域文化資源、それに災害記録まで、実に多方面の膨大な資料が蓄積されてきた。総合的に結びつけていくことが可能である。しかしそもそも、既存の制度的な仕組みにぴったりはまらない資料の所在は、全国的な調査がなされていないから現状が把握できていない。

第二に、デジタル文化資産についての多くの保存と活用の取り組みは、知的資源の公共的活用を基礎づける法制度の不備に阻まれてきた。孤児作品の権利処理の高すぎるハードル、フェアユース概念やオープンデータ化の未整備はそうした障害の典型である。研究の推進も作品の創作も個人のゼロからの独創でできることはほとんどない。知識の創造が脱領域的に広がるなかで、国の文化力は既存分野への支援だけでは強化されない。新しい分野を含めた知識・文化資源活用の全体的基盤を強化することが必要なのである。

第三に、そうした支援を担う高度なアーキビストの育成が重大な課題である。地域に埋もれる文化資源や潜在的な知識資源の価値を見抜き、デジタルで保存・編集・活用していく技能を有し、海外とも連携して加工や付加価値化を進めるプロデューサー的な才能を持った人材が積極的に養成され、活躍の場が与えられていかなければならない。

要するに、わが国が潜在的に有するデジタル文化資源を総体把握し、公共的活用のための法整備を進め、保存と活用を担う創造的人材を養成していくこと、これである。そのために、何らかの中核的なセンターが必要となる。これを、私たちは「国立デジタルアーカイブセンター」と呼ぶことにする。未来のアーカイブ立国推進の司令塔である。

以上の展望は、「アーカイブ立国宣言」の構想母体となった文化資源戦略会議の議論を通じて深められてきた。この会議に参加したのは、デジタル文化財創出機構、出版デジタル機構、記録映画保存センター、脚本アーカイブス、311まるごとアーカイブなどの諸組織から映画アーカイブ、放送アーカイブ、アニメ・アーカイブなどの諸アーカイブ活動に中核的に関わってきた人々であったが、日本の文化・知識資源政策が直面している以上の3つの課題が喫緊であることは、多様なジャンルの人々に共有される認識となった。

本書はこの会議が構想する「アーカイブ立国宣言」を前面に掲げる。宣言には多くの思いが込められているので熟読してほしい。この宣言を補完する意味で、青柳正規文化庁長官と数々の政治家のオーラルヒストリーをまとめてきた御厨貴氏を交えた鼎談を載せ、さらに宣言の中核にあるデジタルアーカイブ促進法の考え方について専門的見地からの解説を行う。その先で、書籍、マンガ、ゲーム、災害情報、脚本、映画、放送番組、地域文化、アニメ、音楽レコードなど諸ジャンルのアーカイブ化の取り組みを紹介していく。

現在、国会ではデジタル文化資産推進議員連盟により、孤児著作物に関する法改正や国立デジタル文化情報保存センターの構想が検討されようとしている。並行して文化庁でも、文化関係資料アーカイブ政策への取り組みが始まっている。関連省庁や東京オリンピックをめぐる複雑な動きのなかで、今後の政策展開には紆余曲折も予想される。だが、そうした動きを雲の上の他人事とするのではなく、日本の文化・知識基盤の未来に決定的な可能性をひらく挑戦と受けとめ、本書をガイドにあなたもあなたの「アーカイブ立国宣言」を表明していってほしい。草莽の声、マクベスの森――それが本書からの切なるメッセージである。

アーカイブ立国宣言!』(2014年11月ポット出版より発行)
「はじめに 文化資源戦略会議」から
(執筆 吉見 俊哉 東京大学大学院情報学環教授・東京大学副学長)

公開日:
最終更新日:2017/03/09